「田中 翠」
 
朝学校について、いつものように、自分の下駄箱を開けると、上履きの上に折りたたまれた一枚の紙が置かれていた。
 
なんだろう。。。
 
私はすぐにそれを手に取り、中身を開いた。
 
「翠。昨日はありがとう。靴、入れておきます。 玲子」
 
そのあとで、運動靴が下駄箱の上の段に置かれていることに気が付き、私は昨日のことをようやく思い出した。
 
玲子。
 
ほんの一か月くらい前まで仲が良かった。
メールを一日に何通もやりとりして、一日に一回はケイタイで他愛のない話をする仲だった。
 
それが、ある日を境に、私たちは変わってしまった。
 
いつものように玲子と一緒に登校して、下駄箱で上履きに履き替えようとした時だった。
「・・・翠・・・」
 
私は、一番下の下駄箱で上履きを取り出し、屈んで履き替えている最中、玲子のか細い声に、顔をあげた。
 
「上履きが・・・」
 
玲子の下駄箱の中から、上履きがなくなっていた。
今にも泣き出しそうな玲子の顔を見て、私は、とりあえず周りを探そう、といって下駄箱の上や他のクラスの下駄箱を探し始めた。
 
すると、ほどなく、向かいの下駄箱の上に、一足の上履きが置かれているのを見つけた。
「佐藤(玲)」
 
甲のところに記名してある、間違いなく玲子の上履きだった。
玲子は、良かった・・・と胸をなでおろしていたが、すぐに表情が暗くなっていった。
 
「誰が、こんなこと、したんだろう・・・」
 
ため息をつきながら、その上履きに履き替える玲子を見て、可愛そうになった。
 
そんなことがあった日から、クラスの、玲子に対する態度が一変した。
シカト。
 
玲子が話しかけても、相手は何も言わず去っていく。
前から配られたプリントは、わざわざ避けて後ろに回される。
 
玲子が教室に入ると、一瞬クラスがしんと静まり返り、今度はひそひそと息を殺したような話し声がそこかしこから始まる。
 
私も、当然玲子もすぐにその雰囲気を感じ取った。
 
ただ私は、休み時間、クラスの女子二人に無理やりトイレまで連れて行かれ、
「玲子と付き合ってちゃ、だめだよ」
「そうそう。翠もシカトされるよ。」
 
玲子の上履きが隠されたのも、それがクラスぐるみの「イジメ」の始まりの合図だった。
シカト。上履き隠し。クラスの異様な雰囲気。
 
私は、それらが急に怖く感じた。
玲子のことは、それから気にならなくなってしまった。自分が良ければ、と。
 
それからというもの、トイレに一緒に行くのをやめたり、休み時間、意図的に玲子から離れ、他の女子と話すようになっていった。
 
次の日、上履きを履かずに靴下のまま教室に入ってくる玲子を見た。
次の日は、教科書とノート。次の日は体操着。
玲子の持ち物が何者かによって隠される日々が続いた。
 
玲子が私の運動靴を履いて帰った次の日、私は、新品の上履きを履いて教室に入ってくる、玲子を見た。
 
「起立、礼、着席」
 
日直があいさつし、朝のホームルームが始まった。
先生からは、いくつかの連絡事項だけで、すぐに終わったが、最後に
「佐藤さん、・・・お昼休みに、職員室へ来てください」
 
と言った。玲子はしずかに、はい、と返事をした。