◇◇

屋上。

学は最後の望みをかけて、その扉をあける。
 
もう、あたりは暗くなりかけていた。
 
その視線の先に、ひとりの女子が立っていた。スカート姿。学校指定の制服。間違いない。
でも、何でこんな時間に?
 
彼女も、学に気が付いた。まだ20m以上離れているお互いの視線が、重なる。

うす暗いせいで、表情まではわからない。でも彼女が、学を見ていることだけは確かだ。
 
学は、このまま彼女に歩み寄り、話しかけるか、それとも「本来」の目的である、自分の靴を探すために、その視線をそらすか、考えていた。
 
すると、視線が合ってからそれまで、ピタリと動かなかった彼女が、学のほうに一歩、二歩と歩み寄ってきた。
学も、自然と彼女に向かって、一歩、二歩と歩き始めた。
 
二人とも、段々とその歩みを速めて、一気に近づいた。
 
約2m。 二人とも手を伸ばせば、触れられるまで近づいて、足を止めた。
 
学は、何を話しかければよいか、正直とまどっていた。
 
そんな時、ふと彼女の足元に視線を奪われた。
彼女は、来客用に使う、スリッパを履いていた。少し目線を上に向けると、彼女の右手には、上履きがあった。なぜか、片方だけ。
 
さらに、学は目を凝らした。
屋上には、一つだけ「電灯」があり、あたりが暗くなって自動的にほんのりと、二人の周辺を灯していた。そのおかげで、その上履きに書かれている、「名前」を見ることができた。
 
「高橋」
 
確かに、そう書いてあるのを、学は確認した。
高橋… まさか、この子が、「2-4 高橋」さん?  高橋 という苗字はたくさんあるが、さっき見つけたローファーが「高橋」さんのものである以上、確率は非常に高い。
 
「あのう… ひょっとして、2年4組の… 高橋さん?」
 
学は、自分でも驚いたように、自然に声をかけることができた。
彼女は驚いた表情で、学を見つめていた。
 
 
◇◇◇
 
「あのう… ひょっとして、2年4組の… 高橋さん?」
 
目の前に立っていた彼から発せられた言葉に、高橋奈緒は驚いていた。
 
正解。そう、私は、2年4組の高橋。
でも、どうして、私のことを知っているの? どうして…
 
奈緒は、彼のことをまったく知らなかった。
同じクラスではないが、彼が履いている指定の上履きの色から、同学年であることは間違いない。
 
しばらくの間、二人の間に沈黙が続いた。
 
「…さっき、2年4組の高橋と書いてある、靴を…見つけたから…」
 
彼のほうから沈黙を破り、ぼつりとそう話した。
 
靴… 私の、靴?
奈緒は、その言葉の意味が分からなかった。なぜ私の靴を見つけて、それが「私」のものであるとわかったのか…
 
ふと、奈緒は自分の右手に持っている、片方だけの上履きに気が付いた。
そこにも「高橋」と書いてある。彼はきっと、私の上履きを見たからわかったのだと。
 
奈緒には、もうひとつ疑問があった。
靴、とはローファーか、もう片方の上履きか…
 
「あのぅ… それって…」
 
絞り出したように、奈緒は小さな声で、彼に問いかけた。
 
「…茶色の、ローファー… さっき、下駄箱に、入れておいた…」
 
ローファーだった。そのほうが奈緒にとってはうれしかった。片方の上履きした見つかっていなかった奈緒にとっては、最悪、このスリッパのままで、電車やバスに乗って家まで帰らなければならないからだ。
 
「あっ…ありがとう…」
 
奈緒は、何とか感謝の気持ちを伝えた。
さっきまで、圧倒されるほどの孤独感と、靴が無く帰れないショックに涙を流していた奈緒は、ほんの少しだけ、彼に救われた気持ちになった。
 
「あっ、あの… 2年4組の、た、高橋奈緒と、いいます。はじめまして…」
 
思い出したように、唐突に言葉が出た。
 
「あっ… 2年2組の、加藤学です。はじめまして…」
 
お互いに、照れくさそうに頬を赤らめながら、あいさつをした。
ほのかな電灯の明かりが、二人を照らす。そこは、少しだけ暖かな空気に包まれていた。
靴を無くし、スリッパ姿の奈緒と、その靴を見つけた学。
ただ、奈緒は、彼に起きている「問題」を、まだ知らなかった。