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脅されているから、先生に言えない。

学はその気持ちも、よくわかっていた。学も初めはそうだった。
親にも、なかなか言えなかったが、学の様子に親が気付き、それからは先生も学のうちに呼んで話をしたり、先生も学がツゲ口をしたと思われないようにしながら、いじめはやってはいけないこととして、度々クラスルームの時間で生徒に話をした。

その結果として、学へのいじめは大分減った。

以前は、トイレ等隠れた場所での暴力や倉庫への閉じ込めもあったが、今は靴や持ち物を隠される程度になった。もちろん、友達もいないし、誰も話しかけてこない。
とはいっても、やはり靴が無くなるのは傷つくし、探すのも疲れる。こうして見つからないときは買い替えなければならない。

毎日、何かが無くなる。隠される。今日も何かが無くなると思うと、不安でたまらない。
このクラスの誰も信じられないし、まして自分に自信を持つことがまったくできなくなっていた。

「親には、相談したほうが、いいよ」

学は、彼女から聞いた重たい話にどう返してよいかわからず、自分のことを思い出してそう返した。

彼女は学のほうに向きなおって、何かを言いたそうだったが、結局彼女は黙って視線を下に落とした。

「…ごめん…そろそろ、帰ろうか?」

気まずくなった学は、暗くなった空を見渡しながら彼女に声をかけた。

彼女はゆっくりと学に向き直った後、少し視線を落としながらつぶやいた。

「でも…靴は…どうするの…」
「…上履きの、まま…」

言いにくそうに彼女は、言葉をとぎらせながら学の靴のことを気遣った。
学は、はじめ自分の靴のことだと気が付かなかったが、上履きのままで帰ることになる僕のことを気遣ってくれていたとわかった。

「…あの…私、探すの、手伝います…」

ついさっきまで、靴が上履きの片方しかない状況だった彼女が、僕の靴を探してくれようとしている。その健気さに少しだけ嬉しくなった。

「いいんだ…もう、大体学校内は、探したから…上履きで帰るの、慣れてるから」

強がって見せたが、本心は慣れてなんかいない。名前入りの上履きで電車に乗るのはなんとなく恥ずかしい。

「もう、行こう」

そう言って、学は下階に向かう階段へつながる扉へと向かって歩き始めた。
ためらっていた彼女も、学の少し後をついて歩き始めた。

◇◇◇

1階にある下駄箱。
奈緒は自分のクラスの下駄箱の前に立っていた。

靴箱のふたを開ける。そんな日常の普通のことが、最近の奈緒には苦痛だった。
また、靴が、上履きが無くなっているかもしれない。靴にいたずらされているかもしれないと心配しながら、ふたを開けなければならない。

「高橋」

そう書かれた靴箱の前に立つ奈緒。

振り返ると、すこしだけ頷いた学がいた。
それは、彼が見つけてくれた奈緒のローファーを、この靴箱に入れた、という意味だと勝手に解釈した。

その靴箱に手をかけて、ふたを開ける奈緒。

そこには、茶色のローファーがきちんと揃えられて置かれていた。

恐る恐る、その靴を取り出して、中身を確認する奈緒。

「2-4 高橋」

その記名を確認して、ようやく安心できた奈緒は、また振り返って学に小さく頭を下げてお礼した。彼もまた、それに応えて頷いた。

自分の足元に、持っていたローファーをそっと置き、歩くたびパタパタと音がして嫌だった来客用スリッパを脱いで、ゆっくりとの靴の中に脚を入れる。

「じゃ、帰ろうか」

彼がそう言ってくれた。
私だけ、ローファーを履いて帰り、私のローファーを見つけてくれた彼が、上履きのまま帰らなければならない…少し気まずい思いを抱きながら、彼の左横に少しだけ離れて一緒に歩き始める。

「ねぇ…よかったら…私と…友達に、なってくれますか?」

奈緒は、思い切って彼に思いを告げた。
上履きのままの彼の足元を見ながら、傍にいたい思いを。