次の日の朝、いつものように、けたたましく鳴る目覚まし時計を止めるため、仕方なくベットから起き上がり、勉強机の上に置いてあるその時計のボタンを押す。
 
ふぅー。
 
大きなため息ひとつ。

寝つきが悪かったせいか、いつもより目覚めが悪い。
それもそのはず。
 
昨日、家に帰ってから、優香のことがなんとなく心配になり、メールやLINEで連絡したが、なんの反応も無かった。
ますます不安になった私は、優香のケイタイに電話をかけたが、いくら待っても出てくれない。しばらくしてかけると、今度は電源が切れている、とのメッセージが流れてきた。

そのあと、何度もかけてみたが、同じだった。
 
家族と朝食を食べている時も、制服に着替えて身支度をしている時も、頭から優香のことが離れない。
 
優香が、私を無視している?
 
その疑問を何度も打ち消そうとしている自分がいる。
玄関でいつものローファーを取り出し、床に置いた時に、昨日のことを思い出す。
水浸しになっている、優香のローファー。
拭き取ったとはいえ、気持ち悪かっただろうな。
自分のことに置き換えてみる。少しだけ怖くなったが、そのローファーを履いて玄関のドアを開ける。
 
「行ってきまーす」
 
いつものように見送ってくれる母親に、いつものように挨拶している私。
から元気、であることがバレていないことを祈りながら、家の外に出て学校に向かう。
 
 
学校近くの、JRの駅。
その西口駅前広場が、優子との待ち合わせ場所。
だが、予想通り(いや、予想が外れると期待してもいたのだが)、優子はこない。
8時を過ぎて、お互いがいなかったら、先に学校に向かう。
そう「取り決め」している。
優子の家の方向からの電車は、次は8時7分にこの駅に到着する。
普通に歩いて、15分はかかる学校までの道のり。8時20分には校門をくぐっていなければならないルールから考えても、優子はすでにもう学校に向かっていると考えたほうがいい。
 
諦めて、学校に向かい足早に歩きはじめる私。
他の生徒たちもまばらな通学路に、寂しさを感じずにはいられなかった。
 
校門をくぐり、1年3組の下駄箱に急ぐ。
「村上」と書かれた靴箱の前に立つ私。
 
ローファーから上履きに履き替えるため、鉄製の靴箱の扉を開け閉めする音や、靴をスノコの上に落とす音、おしゃべりする音に、私の、ちいさな「悲鳴」はかき消された。
 
上履きが、無い。
 
「村上」と、確かに書かれた靴箱の蓋が空いていて、靴箱の中に、何も入っていない。
昨日、確かに優子と一緒に帰るとき、入れたはずの、私の上履き。
昨日に続いて、今日も、私の靴箱から、上履きが無くなっている。
 
これは、いったい、何なの?
誰が、こんな、いたずらを? 何のために?
 
頭の中でたくさんの疑問符が浮かんでは消え、不安だけが大きくなる。
しかも、今日は優子が、となりに、いない。
 
8時20分をつげるチャイムが鳴る。
背中を押されたように、ローファーを脱ぎ、自分の靴箱に入れる。
靴下のまま、教室に向かおうとしたときに、ふと、優香のことが気になった。
「森田」
 
そう書かれた靴箱の蓋を開ける。
そこには、新品のローファーが入っていた。
 
優子は、もう学校に来ている。昨日いたずらされた靴も新調して。
 
それを確認して、余計に寂しくなった私は、すぐに蓋を閉めて、教室に急いだ。
 
自分の教室に入って、すぐに優香を探した。
優香は、優香の席ではなく、他の子の席で楽しそうにおしゃべりしていた。
目を合わせようとはせずに、自分の席に向かう。
 
自分の席の椅子を引く。
昨日はそこに、上履きがあった。だが、今日は無かった。
 
ため息をついて椅子に座り、カバンの中の教科書やノートを机の中に入れようとした。
が、机の中になにか違和感を覚える、「抵抗」を感じた。
普段から、ほとんど机の中には置いておかない私は、入れようとした教科書などをいったん戻して、腰をかがめ、机の中を覗いてみた。
 
そこには、「上履き」があった。
机の中はうす暗かったが、かかとのところに、「村上」の文字が確認できた。
 
私の、上履きが、なんでこんなところに?
 
また疑問符と不安が浮かび上がってきたが、靴下のままの状態から解放されたいとも思って、その上履きを取り出した。
 
雑巾。
汚れた雑巾が、上履きの中に押し込まれている。ご丁寧に、左右両方とも。
恐る恐る、雑巾を取り出す。
雑巾は湿っていて、強い匂いを放っていた。
 
「ねぇ、なんかこの辺、臭いんだけど」
 
だれかがそう言って、皆が私を注目する。
恥ずかしくなって、雑巾をどけてすぐに、その上履きを履いた。
 
「汚い」「臭い」
 
私に、面と向かって言ってくる人は、誰もいない。
でも、明らかに、私のこと。私の上履きのことを、囁くように、でも私に聞こえるようにたくさんのクラスメイトが、私を罵る。
 
朝のホームルームが始まるチャイムが鳴る。
ほぼ同時に担任の先生が教室に入ってくる。皆自分の席に急ぐ。
 
「起立、礼、着席」
 
日直の声が聞こえる。
その日、その時から、私への「いじめ」が本格的に始まったんだ。